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思い出のシャルル・ド・ゴール空港4 [思い出・雑感]

彼女が乗る予定の成田便は、なかなか搭乗手続きが始まらなかった。けれども
出発予定時刻は変わっていない。つまり飛行機のトラブルではなく、空港側の
何か問題らしかった。どういうことなんだろう?というちょっとした苛立ちと、
だったらいっそのこと乗り遅れてしまった方がいいのに、という微妙な気持ちで
私たちは空港の長椅子に座っていた。

その数時間前、私たちはサン・ジェルマン・デ・プレにあるAigleにいた。その日の
パリは雨が降っていた。そのせいなのか、家内は茶色と黒の長靴を欲しがっていた。
私はフードが付いている防寒ジャケットを買おうか買うまいか悩んでいた。

ここに来るまでに、いろいろな店のウィンドウをのぞきながらぶらぶらとこの界隈を
歩いた。彼女はWestonのかわいいローファーを見つけ、ずいぶん悩んだが買わなか
った。

結局Aigleでも何も買わないまま、デ・プレ教会のそばにある日本のアパレルメー
カーが経営している蕎麦屋に入った。値段の高さと量の少なさをふたりで毒づきながら
蕎麦を食べた。食事の後、彼女のスーツケースを取りにホテルに戻った。

大きな銀色のスーツケースは、今回の旅のために新たに買いそろえたRimowaだ。
それまではひとつしかなかった大型のRimowaは、これでふたつになった。そして、
そのひとつだけを持って、ふたりでRERに乗った。威勢よく蕎麦屋の悪口を言って
いたふたりは無口になっていた。行く先はもちろん、シャルル・ド・ゴール空港。

私はこのままパリに残り、明日市内を撮影したら翌々日の夕方にはフィレンツェ行き
の飛行機に乗る。そして、別件の仕事をしてくる予定だ。だから、彼女はひとりで
今日、パリから日本へ帰る。

搭乗手続き開始のアナウンスが入った。もうフライト時刻まで15分ほどしかない。
多くの人が待っていたのでなかなかチェックインができない。時間はとうとう残り
5分ほどになってしまった。これって間に合うのかよ?本当に定刻に出発するのかよ?
そんなことを思いながら、列の最後尾に並んだ彼女を見ていた。そしていよいよ彼女の
順番がやってきた。チケットを係に渡し、私を見て軽く手を振った。

ガラス張りの壁の向こうに、何度も立ち止まりこちらに手を振る彼女がいた。その姿は
少しずつ小さくなっていった。そして、見えなくなった。私は初めて経験する感情に
驚いていた。日本を出る時には、最後までいっしょに行動できなくて残念だね、という
くらいにしか考えていなかったことが、実はこれほど切ないことだとは想像もして
いなかったのだ。

空港からの帰り、RERの車中では、立ち止まって手を振る彼女の姿が、頭から消え
なかった。モンパルナス駅に着き、そして私は再び雨の中を歩いてAigleに行った。
まだ営業時間内だった。ふたりで店内を見て回った通りの順路で、改めて防寒ジャケ
ットが置いてあるコーナーへ行った。「いいじゃない、フードも付いているし」。
お昼にこの場所で彼女が言った言葉を思い出しながら、私はその防寒ジャケットを
買った。             
          
「思い出のシャルル・ド・ゴール空港」 終わり


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コメント 10

ばくはつごろう

無事これ名馬です。
by ばくはつごろう (2008-05-01 09:06) 

engrid

手を振る彼女、見つめる貴方。。。
感情の揺れが、刻々とつたわってきます


by engrid (2008-05-01 15:18) 

sequenz

森健さんて詩人ですね。
そして以前聞いたお言葉を
思い出しました。
by sequenz (2008-05-02 18:44) 

めぎ

ああ、思い出ですねえ・・・
わたしもちょっと色々思い出してしまいましたわ。
by めぎ (2008-05-03 22:59) 

okko

こんな風に、思い出を書けるようになりたいです。
情感が伝わってきました。
by okko (2008-05-04 15:56) 

みかまん

シャルルドゴールでの切ない思い出。
大人が語るそれだからこそ尚更素敵です^^
by みかまん (2008-05-08 08:10) 

もりけん

みなさまniceやコメントをありがとうございました。

ごろうちゃん、
無事ではありますが名馬ではないと…。


engridさん、
どう書けばあのときの感情が伝わるのか…?書きすぎてもいけないと思い、かなり押さえてみました。


sequenzさん、
実は、時々ですが、詩!?のようなものも書いてみます。またそれを仕事のコピーとしてしまうことも…。


めぎちゃん、
私はきれいに感じられることが好きなので、けっこう薄っぺらなことに食らいつきます。この話もそうかもしれません。


okkoさん、
ありがとうございました。ついつい大切なことを忘れがちになる自分には、こうして思い出すことも必要なんですね。


みかまんさん、
いつも一緒にいると気がつかないことを、こういう状況になるとふと思い出しますね。こんな時間もきっとなくてはいけないんでしょうね。



by もりけん (2008-05-08 20:15) 

mompeli

どんなに長く連れ添っていても
「せつなく思いを抱く」というその瞬間を大切にしたいモノだと思いますが
ワタクシしばらくそのような思いからは縁遠くなっているかも(汗)


by mompeli (2008-05-08 22:07) 

g-life

いつまでもパートナーに切ない思いを抱けるのはとても素敵なことです。心がミズミズしくないとできませんね。
こういうことは男性の方がロマンチストのように思います。
by g-life (2008-05-11 00:13) 

もりけん

mompeliちゃん、
切ない思いを抱くその瞬間を、きっちり胸に刻んでおかないと、些細なことに腹を立ててしまうんです。あんなに(私に)よくしてくれてるのに…。それを馬鹿な私は忘れてしまいがちになるので自省も込めて書きました。


g-lifeさん、
確かにロマンチストだと思います。と同時に本当の気持ちというのは、どこにあるのかを自分自身に問いただしてみたい時に、こういう思い出は重要な役割を果たしてくれるような気がします。


by もりけん (2008-05-15 01:58) 

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