不可解な冒険小説1 [STORY]
板倉さんちの2階を見上げると、窓の桟に腰掛けている女の人が見えた。
ふいうちを食らったみたいに僕はびっくりして、ちょっと顔を赤くした。
しかも、その女の人は僕に話しかけてきた。「ボク、どこの子?」
実は、いちばんはじめにその女の人と目があった時に、僕はそれなりに
動揺していたので、声までかけられてその動揺はさらに大きくなって、
逃げ出したいような気持ちになっていた。
とは言え、そのまま逃げ出しても近所のことだからまた出くわすに違い
ない。しどろもどろになって答えることにした。ただ、何を言ったのか、
皆目覚えてはいない。
後で分かったのだが、その女の人は板倉さんちの親戚で、当時女子大に
通っていた人らしかった。その人が遊びに来ていた。いや、ひょっとした
ら板倉さんちに下宿していたのかも知れない…。忘れてしまった。
僕にしてみれば、その人はすっかり「加賀まりこさん」みたいな感じで、
服装も垢抜けていて、ちょっとばかり下半身が反応してしまうような、
そんな、否応なしにあきらかに女の人!っていう電波を出していたので、
小学生の僕は、じぶんの狼狽ぶりが却って焦りを増幅してしまい、一体、
この気分にはいつ句読点やら、丸を付けたらいいもんだか、さっぱり
分からなくなっていた。
しばらくして気が付いたのは、あの状況は、おふくろに教えてもらった
長谷川伸の「一本刀土俵入り」の駒形茂兵衛みたいだってこと。2階から
声をかけられるって、っていうのが実にそういう感じがした。ってことは
あの人は御茶屋のお蔦さんかよ。そりゃ、申し訳ないからかぶりを振って
いや、やっぱり似ていないことにした。
板倉さんちには娘さんと息子さんがいて、どちらも僕より歳が下だった。
お父さんも、お母さんも、いつも格好よかったし、だいいち僕のように
家庭環境がちょっと…、みたいな子どもにもとても優しかった。
温泉旅館とカツラ [STORY]
これは、その中のひとつ。叔母さんがある温泉旅館に友人夫婦たちと
いっしょに泊まった時のこと。
その友人夫婦のご主人はカツラを着用されていて、さて大浴場に
行こうかな、と考えた時ふとあることが不安になったそうな。
それは、大浴場に行く時にはカツラを外して行くのだけれど、もし、
自分たちが部屋にいない間に仲居さんたちが部屋に入ってきたら、
カツラを発見されてしまう!
なぜだか、お風呂に行く時に外すのはさほど恥ずかしくないのだが、
部屋の片隅にカツラがぽつんと置いてあるところは、これから食事の時
などに顔を合わせるかもしれない仲居さんには見られたくない…。
叔母さんは、その友人夫婦のご主人がカツラであることは知っていた。
そしてそのご夫婦といっしょに大浴場に行き、浴場から出た後に何だか
ちょっとその友人夫婦の部屋に寄って行くことになったらしい。
部屋に戻ると早速、友人夫婦のご主人が隅の方へ行って、なにやら背中を
向けてごそごそ始めたとのこと。叔母さんは何をやっているのかが気に
なってその奥さんに聞いた。「何をしてるの…?」
ご主人は部屋に備え付けの金庫からカツラを取り出しながら「仲居さんに
見つかると格好悪いから金庫にカツラをしまっていたんだよ」と教えて
くれた。
叔母さん、金庫から出てきたカツラを持っているご主人を見て大爆笑!
曰く「金庫にカツラをしまっている人、初めて見たわー!」
いえ、その話を聞いて、私もひっそりと金庫にしまわれていたカツラを
想像してちょっといい気分になってしまったので、みなさんにお披露目
したくなった次第。