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振り返ればこんなこともあったなぁ。(3) [思い出・雑感]

翌朝、目覚めたらニッキーはちゃんと私のことを覚えていた。いっしょに同志社大学へ行って、学食で食事をした。そこで別れて京都をぶらぶらすることにした。ニッキーと別れたのは昼頃でそれからどんなところへ行ったのかは実はあまり覚えていない…。当時人気のあった「BALビル」とかへ行ったような気がする。適当に歩いて、適当に時間をつぶして、夜になった。

それから百万遍の方へ行った。その辺りに「ダムハウス」という名前のロック喫茶があったからだ。夜の9時か10時頃に入った。当然、今日泊まるところも無いので、朝の4時まで営業しているその店の終業時間になっても私はどこにも行く当てがない。そのことを話すと、店の奴が好きな時間までいてもいい、と言ってくれた。おまけに聴きたいレコードがあればかけてやる、と言ってくれた。確かそいつの名前は「オサム」だったと思う。名古屋からヒッチハイクで来たこととか、好きなミュージシャンのこととかを話しているうち、午前6時頃になった。京都の市電が走り始めた。本当は銀閣寺に行くつもりだったけど、眠かったのでそのまま京都駅へ向かった。京都駅の階段の踊り場に新聞を敷いて寝た。目が覚めたら昼頃だった。帰りは名神高速バスで帰るつもりだったので、その分のお金だけは持っていた。バスに乗って名古屋に帰った。

こうして、私の京都へのヒッチハイク旅行は終わった。その後、東京にもヒッチハイクで行った。今でも覚えているのは京都の夜景とか、入った店の黄色い明かりとか、いつも自分が見ている風景とは異なる風景への好奇心。なじみ親しんだ風景は、自分にとっては当たり前だが旅人には新鮮だ。そして、ひとりで旅に出ると必ず感じる独特の孤独感。秋になると何だかもの悲しいセンチメンタルな気分になるが、それと同じ気持ちになる。深呼吸したときにこのときの空気が肺に入り込むのは、私は決して嫌いではない。今、人生の残りを数えようとしている私にとって、青春の思い出はある意味、もういちど自分のアイデンティティを確認する上でマストだと思う。

もういちど訪ねてみたい場所はありますか?時代は変わり、もう残っていないものものばかりになってしまった。それは人の心にも同じことが言えるのではないだろうか?見ず知らずの私を泊めてくれたニッキーや、朝までいなよと言ってくれたオサム…。ああいったコミュニケーションが成立した時代は、学生たちといっしょにコミュニケーションというものを考える私にとって、すでに消滅した感覚が生きていた時代として捉えるべきなのだろうか?(終わり)


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めぎ

もういちど訪れたい場所・・・ありません。心の中に想い出はいっぱいありますが、私はそのときそのとき精一杯生き、思い残すことがないんです。カラスとお話しした場所も、あのとき一緒だった人も、私の中に大事に大事にとってありますが、そこへもう一度行きたくはないです。それは私がまだ若いからなんでしょうかね?
by めぎ (2007-07-27 06:13) 

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